東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)213号 判決
一 請求の原因一ないし四の事実(特許庁における手続の経緯、第一補正、本件補正に基づく特許請求の範囲、本件決定の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の取消事由について判断する。
1 本件補正の内容が、第一補正に係る特許請求の範囲の記載中「全面にわたつて感熱発色剤の膜面が形成された」との部分を「前記一般の印刷表示部を除く部分に感熱発色剤の膜面が形成された」と補正し、当初明細書中の図面第3図(別紙図面(一)第3図)を別紙図面(二)のように補正することを含むものであることは当事者間に争いがない。
2 当初明細書の引用部分の記載が本件決定摘示のとおりであることは当事者間に争いがないところ、原告は、本件補正に係る発明のうち、決定摘示部分の構成が当初明細書の引用部分<イ>の記載に示されている旨主張するので、検討する。
(一) 成立に争いのない甲第二号証によれば、従来、商品に貼付されるラベルに表示される品名、製造年月日、単価等はタイプリボン、カーボン、液体インキ等で印字され印刷表示されていたが、これらの印刷表示は、タイプリボン、カーボンの取換え及びインキの補充のタイミングをはかるむつかしさがあり、また、印字後のインキ液の未乾燥時や不用意なカーボンの接触時にラベル紙の汚損が生ずる等の欠点があつたため、本願発明は、加熱することによつて溶融反応し発色する感熱印字ラベルを用いてかかる欠点を回避することを目的としたものであることが認められる。
(二) 引用部分<イ>の記載の文意の把握は必ずしも容易ではないが、<a>ラベル上の印刷枠及び印字部分全部を感熱表示とすることを基本的形態とし、<b>印刷枠及び印字の一部を一般の印刷表示とする形態をも予定しているものと解することができる。しかして、<a>の基本的形態においては、印刷枠及び印字部分が感熱表示とされるのであるから、右の印刷予定部分全部に感熱発色剤が塗布されるのであり、<b>の形態が右形態を前提とするものである以上、一般の印刷表示部分の上にも感熱発色剤が塗布されることが予定されていると解するのが自然である(この場合には、ラベル上に先ず一般の印刷表示を施した後、感熱発色剤を塗布することになる)。<イ>の記載を右のように解するならば、<イ>の記載と別紙図面(一)に示す引用部分<ロ>に示された実施例(特に第3図)と整合する。
(三) もつとも、<イ>の記載を右のように解するほか、感熱表示部分と一般の印刷表示部を対置させ、後者の部分には感熱発色剤が塗布されていない趣旨を示すものと解することが全く不可能ではないが、当初明細書には右解釈にそう実施例の記載はない。
(四) かように、明細書の文意が必ずしも明らかでなく、単に文字面のみを追えば複数の解釈が可能であつても、そのうち実施例を伴わない不自然な解釈は採用すべきでなく、実施例の裏付けのある解釈のみを明細書の記載と理解すべきである。蓋し、そのように解するのが、発明を第三者が容易に実施できるようその内容を正確に公開することが求められている明細書制度の趣旨にも合致する所以であるからである。
(五) そうであれば、引用部分<イ>を前記(三)のように解することは無理であり、また、前記(一)認定の本願発明の目的に照らしても、右解釈を支えることは困難というほかなく、結局引用部分<イ>は前記(二)のように解するのが相当である。したがつて、本件補正に係る発明のうち、ラベル上面に感熱発色剤を塗布した部分とこれを塗布しない一般の印刷表示部分があることを前提とする決定指摘部分の構成が原告主張のように引用部分<イ>に記載されているものと認めることはできず、原告指摘のその他の当初明細書の記載によるも、決定指摘部分の構成が当初明細書に開示ないしは示唆されているものと認めることはできないし、右構成が自明であると認めるに足りる証拠もない。
3 以上によれば、本件決定を取り消すべきであるとする原告の主張は理由がなく、本件補正を、明細書の要旨を変更するものであるとして、特許法一五九条一項において準用する同法五三条一項の規定により却下すべきものであるとした本件決定になんらの違法はない。
三 よつて、本件決定の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。
〔編注1〕本件における請求範囲の記載は左のとおりである。
二 第一補正に基づく特許請求の範囲の記載
上面にシリコン膜の剥離紙上に、下面不乾燥糊膜を仮着したラベル主紙の上面に、固定的情報をその一部に印刷して一般の印刷表示部が形成され、かつ全面にわたつて感熱発色剤の膜面が形成された、剥離紙仮着の感熱印字ラベル(別紙図面(一)参照)。
三 本件補正に基づく特許請求の範囲の記載
上面シリコン膜の剥離紙上に、下面の不乾燥糊面にてラベル主紙が仮着され、前記ラベル主紙の上面の一部に、一般の印刷表示部が形成され、かつ、前記一般の印刷表示部を除く部分に感熱発色剤の膜面が形成された、剥離紙仮着の感熱印字ラベル(別紙図面(一)第1、2図及び同図面(二)参照)。
〔編注2〕本件決定の理由の要点は左のとおりである。
1 本件補正は、願書に添附された明細書及び図面(以下「当初明細書」という。)の本文全部及び図面中第3図(別紙図面(一)第3図)を補正しようとするものである。
その内容は、第一補正による特許請求の範囲に記載された「全面にわたつて感熱発色剤の膜面が形成された」を「前記一般の印刷表示部を除く部分に感熱発色剤の膜面が形成された」と補正し、図面中第3図(別紙図面(一)第3図)を別紙図面(二)のように補正することを含むものである。
2 しかし、当初明細書の発明の詳細な説明には、「<イ>貼付図面符号の(6)はラベル主紙(1)上の印刷枠乃至は印字で、これらの全部を感熱表示とするが、一部は一般の印刷表示とするかは自由とし、<ロ>例えば、第1図ないし第3図に示すごとく、ラベル主紙(1)の一部に一般の印刷表示(7)を設け、その上に感熱発色剤の膜面(2)を設けてもよい。」と記載(以下「引用部分」という。右の<イ>、<ロ>は当裁判所が説明の便宜上付したもので、該当する記載部分を「<イ>の記載」、「<ロ>の記載」という。)されているだけであつて、本件補正後の特許請求の範囲に記載された「前記一般の印刷表示部を除く部分に感熱発色剤の膜面が形成された」点については全く記載されておらず、かつ、同明細書または図面の記載からみて自明のこととも認められない。
3 したがつて、本件補正は、明細書の要旨を変更するものであり、特許法一五九条一項において準用する特許法五三条一項の規定により却下すべきものである。
〔編注3〕本件における図面は左のとおりである。
図面(一)
<省略>
図面(二)
<省略>